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    お前も蝋人形に…なってみないか…?
      たぶん…今から20年くらい前の事だと思う…。
     色々な番組でお世話になっている、構成作家のUさんから電話があった。
    「だっくす、東京タワーの蝋人形館って行った事ある?」
    「はい!ありますよ。大好きで、たまに行きますよ!」 
      僕の返事を聞いて、Uさんが続けた。
    「そうなんだ…あの中にさ…中世の拷問のコーナーがあるだろ…」
    「はい…」
    「あの中にある、黒いマスクかぶった人達がいるよね。あの人達がさあ…動き出したら怖いよなあ…」
    「え??そうですね…怖いですよね…?!」
    「…やってくんない…?!」
    「は?????」
    「蝋人形になってくんないかなあ…」
    「蝋人形ですか…」
     実はUさんが担当している番組に、J事務所の若手男性アイドルの番組があった。(当時は6人くらいのグループだったような気がする…)その番組の中で肝試しをやりたいと言う事になり、東京タワー蝋人形館の蝋人形が動き出す…と言う企画に決まったそうなのだ。 
     その蝋人形役?に僕が決定したのである!
     もちろん!面白そうなので僕は引き受けた。
     収録当日、劇団の仲間4人とともに東京タワーにやって来た…。

      閉館後、収録は始まった。
     僕達5人は、黒いマスクをかぶり、蝋人形館の中世の拷問コーナーで、アイドル達の到着をひたすら待った…。
      館内のクーラーは効いているものの、お客様の通路側ではないので、僕達のいる場所はかなり暑い。
     目の部分しか穴が開いていないマスクの中は、汗でかゆくなる…。
      顔がかゆい…。
      しかし動くわけにはいかないのだ…。
      館内の灯りは消えているので真っ暗だ…。
      近くには拷問を受け、血だらけになっている蝋人形もある…。
      水車の拷問の人形がこっちを見つめている…。
     閉館しているので水車は動かず、人形は暗闇からじーっと見つめ続けている…。
     待っている僕達もちょっと怖くなってきた…。
     そんな時、ようやくカメラのライトの灯りが見え、アイドル達の声が聞こえて来た…。
    「お〜!!なんか怖いな…」
    「よし来た来た…」
     僕がそう思った矢先に…
    「あ!テープチェンジです!ちょっとお持ちください!」
     スタッフの声が聞こえて来た…。
    「オイオイちょっと待ってくれよ〜!こんな近くでテープチェンジなんて…ばれちゃったらどうすんだよ…」
     僕達はハラハラして待った…。
     

       テープチェンジは無事終わり撮影は再開された。
     アイドル達はどんどん近付いて来た…。
    「ちょっとさ〜この人形動いてない…??なんかやばいよ…」  
     そんな声が聞こえたと同時に、僕達は飛び出した!
    「うわ〜!!!」
     目をまん丸にして逃げ出すアイドル達!
    「わやううう〜!」  
     と言う、わけのわからない声で追いかけまわす僕達!  
     僕らが飛び出したと同時に、驚いたディレクターが尻もちをついているのが見える…。  
     僕達は何方向かに分かれてアイドル達を追う。
     僕が追いかけていたアイドルは、そのころから本当に可愛い顔をしていた。 
     もちろん彼は今でも大スターである。
     それにしても彼らのリアクションは素晴らしい。 
     始めは本当に驚いたとしても、今は盛り上げるために驚いている…はずだ。
     でも見事にホントっぽい。
     ふと気付くと、僕達はカメラから離れたところまで来てしまっていた。
    「カメラもういませんね…。向こう行きましょう!うわ〜!」  
     と言う声とともに、一番可愛い顔をしたアイドルがまた走り出した…!  
     彼らはまだ中学生くらい?だと思うが、本当にプロだ…。  

     無事撮影を終えた僕達はみんなでファミレスにご飯を食べに行った。
     ディレクターが言う
    「すいません、みんな子供なんでファミレスが大好きで…」  
     食べ終わると、彼らは本当に礼儀正しく
    「ありがとうございました!」  
     と頭を下げると帰って行った…。

     帰りの地下鉄の中、僕がぼーっと突っ立っていると、さっきの一番可愛いアイドル少年がやって来た。
    「お疲れさまでした!さっきはありがとうございました!」
    「あ、お疲れ様です!地下鉄で帰るんだ…!大丈夫なの?」
     ビックリした僕が聞くと
    「はい!まだ知られてないですから…」
     ニコニコしながらそう言うと、地下鉄の中を軽やかに歩いて行った…。



    ちょこっとだっくす
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    | だっくす小峰 | あれこれエッセイ | 21:34 | comments(12) | trackbacks(0) | - |
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      サロマ湖100キロウルトラマラソン…後編
      55キロのエイドステーションではおにぎり7個、豚汁を6杯飲んでスタートしました。
      気持ち悪くなってしまうランナーもいるようですが、僕は全然大丈夫!
      どんどんエネルギーに変わって行くような気がしました!


      60キロ通過。 キレイな景色ですけど、この日は風が冷たくて…寒かったです。


      70キロ通過。
      この頃が1番辛かったです…。
      足は動かないし…体中痛いし…タイム的にも関門に引っ掛かり、強制リタイアさせられそうだし…75キロのエイドステーションにある、名物のお汁粉を食べたらリタイアしようと心に決めました…が…。


      何と!僕のタイムが遅すぎたためか…お汁粉は無くなってしまっていました…。
      ガックリ来ましたが…しょうがないので、飴玉を食べてもう1度走り始めました…。
      「ここまで来て止められるか!」 という思いが、お汁粉が食べられなかった悔しさとともに爆発したような感じがして、今まで歩くのがやっと…みたいだったのに、かなりピッチを上げて走る事が出来ました。
      200人以上ごぼう抜きしたような気がします。
      そして何とか80キロを通過しました。
      いよいよワッカの原生花園です!


      原生の花が咲き乱れると言うワッカの原生花園も、この時は寒くてたまらなかったのを覚えています。
      ワッカに入って行く時は、ゴールが遠くキツい顔しているランナーたちが、ワッカの原生花園内を折り返し、ワッカを出ると、ゴールがすぐそこになるので、みんなニコニコ顔で出てきます。
      それを見た、上岡竜太郎さんが 「ワッカで人は神になる…」 と言ったのは有名な話です…。

      僕も何とか90キロを通過しました!
      ちなみに、その上岡竜太郎さんと90キロ以降一緒に走って来ました。
      さあ!あと少し!!!!!


      ゴール直前です!
      仲間が撮ってくれました!
      これ全力疾走しているつもりです…。
      足が全然ついていってませんね…。


      そしてゴールです!!!!!
      タイムを見てください…。
      ちなみに制限時間は…13時間です…。
      ギリギリのゴールです…。

      ゴール地点では、スタート前に書いたメッセージをランナーのゼッケンを見たDJの人が読んでくれるのですが、僕はと言うと 「このメッセージが読まれていると言う事は…僕はゴールしてるんですね!」 て書いたんです…。
      それが聞こえてきました…。
      「このメッセージが読まれていると言う事は…僕はゴールしてるんですね…してますよ〜!!!おめでとうございます!」
      嬉しくて泣きそうになりました…。



      きついけど…ホントに楽しかった…。
      出来る事なら…もう1回走りたいです…。


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      | だっくす小峰 | あれこれエッセイ | 00:12 | comments(33) | trackbacks(0) | - |
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        サロマ湖100キロウルトラマラソン…前編
        もう14年も前になるんですね…。
        1998年の事ですから…僕がサロマ湖100キロウルトラマラソンを走ったのは…。
        写真を見ていて、本当に懐かしいです…。
        この時僕は、フルマラソンは何回も完走していたので、どうしても走ってみたかった100キロマラソンに挑戦する事にしたんですけど…ホントに後悔しながら北海道行きの飛行機に乗ったのをよく覚えています…。
        何と言ってもマンション購入、引っ越し、仕事の事…様々な事があってめちゃめちゃ忙しくて、レース前の1か月の合計走行距離が100キロに達していないと言う…少なさで…。
        1か月間で走った距離より長い距離を走るのかと思うと…完走は絶望的だな…という思いで飛行機に乗ったんですからねえ…。
        この時一緒に行ったのは、マラソン仲間で看板屋さんの社長、今でもいろいろお世話になっている横山さん、それからマラソン仲間の緑川君、そして、この時すでにウルトラマラソンを20回以上走っている、ウルトラマラソンライターの夜久弘さんと僕の4人だったんですけど、夜久さんのいろんな話を聞く事が出来てよかったです。

        さてスタートは午前5時。 スタート地点にはたくさんのランナーが集まっていました。
        緊張気味にスタートを待っていると、
        「みんな、ちゃんと帰ってこようぜ〜!!」
        と言う声が聞こえて来て…そうすると、
        「おお〜!!!!!」 と、たくさんのランナーが雄たけびを上げていました。
        日本のレースは静かなスタートの事が多いんですけど、やっぱり100キロとなると違うんですね…。
        ここにいるランナー達は、ほぼ全員がフルマラソンを何回も完走している方達だと思います。 前後に並ぶランナーからも『去年のホノルルは…』とか『ニューヨークマラソンは寒かったよ』とか、色んなレースの話が聞こえてきましたから…。
        そんなつわもの達も帰って来れるかか不安なのが100キロという距離なんですね…。

        そして、いよいよスタートを迎えました…。
        この日は雨で気温も低くて…カッパを着こんでのスタートとなりました。



        10キロ地点です。
        そうそう、この時は10キロ毎に距離表示を入れて写真を撮っていく事にしたんです! いい記念になるから!
        そう言えば…この頃は、まだ髭がなかったんですね…。


        20キロ地点も元気に通過!


        30キロも元気です。
        ウルトラマラソンはお腹がすいた…と感じてからでは遅いので、早いうちからエイドステーションにある食べ物を食べながら走ります!もちろん給水も同時に取ります。
        この時もアンパンをパクパク食べて走ってました。


        40キロ通過!


        フルマラソン地点を通過しました。
        タイムは4時間36分42秒でした。
        当時はフルマラソンは3時間台で走っていたので、ゆっくり行けた感じでした。

        さ、いよいよここからウルトラマラソンの世界に突入します…!
        何だか鳥肌が立ったのを覚えています…。


        50キロ地点を通過です。
        55キロ(だったと思います)には大休憩所があってシューズを履き替えたり、着替えたり、またおにぎりや豚汁などが用意されています。
        あと少しです…!


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        | だっくす小峰 | あれこれエッセイ | 22:44 | comments(8) | trackbacks(0) | - |
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          恵比寿っ!!
           「おしゃれな店が多いですね〜!ここはイタリアンのお店ですかね〜!!

          朝起きてテレビをつけると食べ歩き番組をやっていた。女性レポーターが歩いているのは恵比寿だった。恵比寿ガーデンプレイスを中心にして、有名店、路地裏の店などを紹介していた。

          テレビ等で紹介されることも多くなった恵比寿は、おしゃれな店も多く、週末の夜などは、たくさんの人達の楽しそうな笑い声が響いている…。

          僕はそんな街をぷらぷらと歩くのが大好きだ…。

          そしてそんな時僕は…決まって、子供の頃を思い出す…。

           

          僕は生まれも育ちも恵比寿だ。

          いや…正確に言うと物心ついてからはず〜っと恵比寿で育っている…と言った方がよいかもしれない。

          母が結婚してからは小金井市に住んでいたようだが、僕が1歳の時、父親が亡くなり、母の実家である恵比寿の家に僕を連れて戻って来たわけだ。

          だから僕の記憶は、恵比寿での生活しかない。

          家は恵比寿2丁目にあった。橋を渡って明治通りを越えると、広尾商店街だ。

          …そんな話をすると、「高級住宅街で育ったんですね…」などと言われる事もある…が、しかし僕の育った場所は…違った…。

          僕の育った家は、カウンターだけのラーメン屋さんの角を曲がった4軒目にあった。

          そのラーメン屋さんは、元パン屋さんで、ある時店の1部を改装してパン屋さん兼立ち食いのラーメン屋さんを始め、1年くらいして時から、今度は本格的に改装工事をしてカウンターだけのラーメン屋さんを始めた。結構美味しい店で、夜中にはタクシーの運転手さんで一杯だった。小柄なそのラーメン屋さんの社長は、電信柱の事を「電信棒…!」と言う人で、僕は聞いた事のないその呼び方が、不思議でしょうがなかった。

          ある時その社長は名古屋出身だと聞き、『名古屋の方言なんだな…』と勝手に思い込んでいた。つい最近その事を思い出し、どうしても確認したくなった僕は、名古屋在住の友人に確認したところ

          「電信棒…って言いますよ…!

          との事だった。長年の謎がついに解けた。良かった…。

           そんな電信棒社長のラーメン屋さんを曲がると、車が1台やっと通れるくらいの狭い一方通行の道があり、そこに僕の家があった。

          僕の家は木造の一軒家だったが、隣はペンキ屋さん、その隣は材木屋さん、そして家の前は畳屋さんと言う、下町っぽさがプンプンしてくる場所だった。僕は畳屋さんのおじさんが、ぶっとい針を自在に使って畳を仕上げていく姿を見ながら育った。

           そして僕の家はと言うと…高級住宅どころか…3軒がつながって建てられた長屋だった。

           しかしその長屋は、向かって左に当たる家がまず始めに切り離して、裏にアパートを建てた。

          その後、僕が小3の時、僕の家を建て直すため切り離した。

          すると何と!真ん中の家が傾いてしまった…!

          「なんか…玄関の戸が開かなくなっちゃったよ…。家が傾いちゃったみたいだよ…まいったなあ…」

          髭にサングラス、いつも日本酒の一升瓶を肩に担いで歩いていた、俳優の藤竜也さん似の隣の家のお兄ちゃんが、困った顔をしていた。

          ちなみに…隣の家の名字は…熊さんだった…。

          なんか、今思い出すと…落語みたいな話だな…。

          何だかホントに懐かしい…。





          ちょこっとだっくす
             
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          | だっくす小峰 | あれこれエッセイ | 17:03 | comments(3) | trackbacks(0) | - |
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            波止場か…?船か…?
             

             もう何年も前に無くなってしまったが…僕の住んでいる街の駅のすぐそばに、サウナがあった。古びたビルの1階2階で営業していたそのサウナ風呂は、地元の人達の憩いの場所だった。1階の入り口で料金を払い、更衣室に入ると、鏡の前に並んでいる男性用整髪料の匂いだろうか…甘い香りが漂っていた。

             裸になって浴室に入り、大きな浴槽で手足を伸ばし、サウナに入って汗を流して、今度は水風呂で体を冷やす…!最高の気分だ!これを何度か繰り返すと今度は2階に上がる。

             2階は休憩室になっていて、リクライニングチェアーが並んでいて、そこで横になり、のんびりとテレビを見たり、冷たいものを飲んだり、時にはラーメンを食べたりした。このラーメン、いかにも安っぽい味なのだが…妙に美味かったなあ。

             お金がある時はそこでマッサージを受けたりするのだが、ホント〜に気持ち良かった。それからまた浴室に戻り、今度は体を洗ってウチに帰る…。

             僕がまだ20代の頃だったが、スポーツが大好きで、いつも体を動かしていた僕は、月に最低2回くらい、そのサウナに通っていた。

             どれくらい前の事なのかよく覚えていないが…12月の30日の夕方5時か6時頃の事だったと思う。僕がそのサウナに行き、1通り終えて浴室から更衣室に出て来た時だ。

            「いや〜!!紅白出場!ホントにおめでとう!良かったねえ!今日はもう帰れたの?」

            拍手の音とともにそんな声が聞こえてきた。

            「紅白…って…??

            その言葉に驚いた僕は、その人の方を見た。その人は、ちょっと照れたような顔をしながら、更衣室に入りロッカーの前で服を脱ごうとしているところだった。

            「ありがとうございます…!ホントはもっと会場にいたかったんですけど…リハーサルが終わったら、もう帰っていいって言うから…帰ってきました。」

             どうやら…その人は、この年初めて紅白出場を決めた演歌歌手のK・Jさんだった…のだが…僕はその時、誰だか全く分からなかった…。

             

             2階で1時間くらい休んだ僕は、体を洗うため1階に戻ると、更衣室の奥の方から、K・Jさんと常連さんの、熱く語り合う声が聞こえてきた。

            かなり大きな声で熱く語り合う男2人は、一体何を語り合っているのか…?ちょっと気になった僕は、耳をそばだてて聞いていた。いや…そばだてるまでもなく僕の耳に入り込んで来る、熱い会話の内容…は当時の僕には理解出来ない?内容だった…。

            「オレはね…波止場だと思うんだよね…!」

            「いや〜!俺は船だと思うんですよ…女はやっぱり船ですよ!」

            「若いな…!女は波止場だよ…!だから男は夢中になるんだよ!」

            「そうですか…?船じゃないですかね…?!

            「違うよ!波止場だよ…」

            「船だと思うんですけど…」

            女は波止場か船か???

            50歳前後?と思われる男2人は…どうやら約1時間…このテーマ1本に絞り込み?熱く語り合っていたようなのだ…。

            腰にタオルだけを巻き、湯船に入る事もなく、椅子に向かい合って座った裸の男二人は、女は波止場か船か…と言う事を議論しているのだ…。

            女性は船か…?波止場か…?

            凄いテーマだ…。

            この2人…何とも…演歌…である…。

            その後も…2人の会話はいつまでも続いていた…。

             

            大晦日…テレビで熱唱しているK・Jさんを見ながら、僕もふと考えてしまった…。

            どっちなんだろう…。

             

            その答えは…今でもわからない…。

             

            | だっくす小峰 | あれこれエッセイ | 16:42 | comments(1) | trackbacks(0) | - |
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              祭り
              5月、6月は祭りが本当に多い。
              ほぼ毎週のようにある。
              5月は、新橋烏森神社、大国魂神社のくらやみ祭り等に始まり、下谷神社、神田明神祭、、そして浅草三社祭6月に入って品川神社祭礼、鳥越神社祭礼などと本当に盛りだくさんだ。
              鳥越神社の神輿同好会に所属していた僕自身も、10年前くらいまでは、欠かさず担いでいた。
              僕の1年は、祭りのためだけにある…と言っても良いくらいだった。
              何年か前にちょっと体調を崩したりしたこともあって、最近はほとんど担がなくなったのだが、三社祭や鳥越祭は欠かさず見に行くようにしている。
              毎年行くたびに
              「あ〜やっぱりいいなあ…!!」
              と思ってしまう。
              どこからともなく聞こえてくる祭り囃子、遠くで聞こえていた神輿を担ぐ声が少し近づいてくる…。ふと見るとキラキラと太陽に輝いている巨大な御神輿…。
              何ともたまらないのだ…!
              僕が神輿同好会に所属させてもらったのは、高校生1年の時だった。
              同級生の女の子の親戚が浅草にあると聞いて、友人達と三社祭の御神輿を担がせてもらったのだ。
              そこで、その神輿同好会の人に声をかけてもらった…と言っても、僕がかけられたわけではない…!
              同級生の女の子が、声をかけられた…というか…早い話がナンパされたのである!
              「次は、鳥越だね〜!来るの?」
              「いえ…行ったことないんですよ。鳥越は…」
              そう答えると
              「よかったら来る?」
              と誘ってくれたのだ!
              …と言っても…もちろん僕が誘われたわけではない…。
              「あの〜僕も行ってもいいですか……??」
              と聞くと
              「男はいらねえなあ…!どうしても来たいの…?」
              「鳥越…担いでみたいです…」
              「しょうがねえな…!」
              などと言いながらも、気持ちよく担がせてもらえた。
              そして、それ以降、毎年僕も担がせてもらえるようになったのだ。
              あれからずいぶん経った。
              僕を取り巻く状況も、いろいろと変化している。
              でも5月の匂いがしてくると、今でも何だか落ち着かなくなってくる。
              僕は1年のうちで5月、6月が1番好きだ。
              もちろん…祭りがあるからである…。

              ちなみに…この時の同級生は、貫禄ある?立派な女性となり、今ではガタイが良くてイキのいい、若い男の担ぎ手達を、何人もボディガードのように引き連れて、祭り囃子の流れる浅草や鳥越近辺を颯爽と歩いている…。




              | だっくす小峰 | あれこれエッセイ | 11:03 | comments(1) | trackbacks(0) | - |
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                だっくすのナゾ
                「だっくすさん・・・だっくすさんのだっくすって、何のだっくすなんですか??」
                と、たまに聞かれる事がある。
                答えは簡単!ダックスフンドのダックスである。
                僕が21歳位の時、世界的な舞台演出家の蜷川幸雄氏の劇団GEKISHA蜷川スタジオで、芝居の勉強をしていた。
                ご存知の方も多いかもしれないが、蜷川さんの芝居にはかなり多くの俳優達が出演している。
                いわゆる群衆と呼ばれる出演者が、時には100人以上出演している事もあるのだ。
                蜷川さんがそんな群衆シーンの演出をする時、全員の名前はなかなか覚えきれないので、分かりやすい特徴を見つけて、それを呼ぶ場合が多いのだ。
                そんな中で1番付け易いのが、足が短い俳優に対してのダックスフンドというあだ名(ニックネーム?)だったようだ。
                ご存知のように僕もかなりの短足。
                群衆の中をチョコチョコと走り回る僕を見て、すぐさまダックスフンドと言うあだ名がついたわけだ。
                後で知った事だが、ダックスと呼ばれた人は、過去に2〜3人いたようだ・・・。
                せっかく蜷川さんがつけて下さったあだ名なので、それを芸名にしたほうがいいのでは・・・と気付いた僕は
                「蜷川さん・・・ダックスを芸名にしたいんですけど・・・名付け親になっていただけますか・・・?」
                そう相談してみた。
                「うん、いいよ。・・・ダックス小峰でいいんじゃないか・・・!」
                「ハイ!ありがとうございます!」
                決定である!
                ちなみにひらがなの方が画数的に良いと言われて、2001年に改名した。
                僕自身はひらがなの方が、カタカナより作家っぽくて良いと思っているのだが・・・気付いてくれる人は・・・ほとんどいない・・・。


                | だっくす小峰 | あれこれエッセイ | 00:54 | comments(1) | trackbacks(0) | - |
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                  KANSAI  YAMAMOTO
                  僕が始めて買ったブランド物の衣服は、山本寛斎の黒いトレーナーだった。
                  今ではイベントプロデューサーとして有名だが・・・世界のファッションデザイナー山本寛斎さんのブランドである。
                  胸のところに白地でKANSAIと、墨で書かれたような字が躍っている、カッコイイ薄手のトレーナーだ。
                  その和っぽさが何ともカッコ良くて、その後僕はKANSAIブランドにすっかりハマっていった。
                  その中には、今でも大切に着ている、鳥の刺繍のブルゾンや、金や銀の龍の刺繍が入ったブルゾン等もある。
                  20年以上経った今でも、カッコよく着られる・・・さすがだなあ。
                  まさに僕の和柄好きの原点だ。

                  そんなKANSAIブランドのファッションイベント「寛斎元気主義」のスタッフをやらせていただけた時は、本当に嬉しかった。
                  僕が当時お世話になっていた劇団の専属舞台監督さんが、寛斎さんのイベントの舞台監督でもあったのだ。
                  「小峰君もバイトする?」
                  そう声をかけてもらえた時は本当に嬉しかった。
                  後楽園球場に建てられた巨大なテントで行われたイベントでは、僕はステージ上手の奥で、スモークの煙を出す補助をする事になっていた。しかし消防法等の関係で、煙を送るための扇風機が使えず、僕はスモークの煙を、ひたすらベニヤ板で扇いでステージ場へと送り出す事となった・・・。
                  何時間も延々とベニヤ板で扇ぎ続けた僕は・・・その後何日間も手首が異常に痛かった・・・。
                  (イベントの面白話は、またいつの日か書きますのでお楽しみに・・・!)

                  そんな「寛斎元気主義」の打ち上げパーティーの時である。
                  当時やや長めの髪をバリバリに固め、パイナップルの葉のようにして立てていた僕の髪の毛を見て、なんと山本寛斎さんが近寄って来たのだ!
                  「君の頭はすごくオシャレだなあ!!ちょっと見せてくれるかい・・・!」
                  そう言うと、僕の頭を両手でそっとはさみ、正面から、そして右側、左側と何分間も僕の頭を見ていた。
                  ジーっと見られている時は、やたらと緊張して、ちょっと恥ずかしかったが・・・ものすごく嬉しかったのを覚えている!
                  その後僕は、
                  「寛斎さんにオシャレって言われたんだぜ〜!!!」
                  とみんなに自慢して歩いたのは言うまでもない・・・。

                  ちなみに当時は古着っぽいコートが大流行していて、その打ち上げパーティーでも着ている人が多かった。
                  しかし、その時寛斎さんが着ていたのは、まだあまり見かけなかった、軍等で着用しているようなモスグリーンのブルゾン。
                  「コートじゃないんだ・・・?」
                  と、その時思っていたのだが・・・その直後からモスグリーンのブルゾンが大流行したのである!
                  そう!MA-1である!
                  さすがは世界の寛斎さんだ!





                  | だっくす小峰 | あれこれエッセイ | 17:11 | comments(1) | trackbacks(0) | - |
                  0
                    和柄
                    僕はとにかく和柄が好きだ。
                    洋服を着るとき、基本的にどこかに必ず和柄を入れるようにしている。
                    ・・・と言うより、着る物全てが和柄の時の方が多いかもしれない・・・。
                    なぜ和柄を好むのか・・・と言うと、和柄を着ていると元気が出るからだ。
                    ホントに和柄に描かれている絵たちには、エネルギーあふれる物が非常に多い。
                    風神雷神、七福神、天女、はね鯉、そして昇り龍と、ポジティブなエネルギーにあふれたTシャツやスカジャン等を着ていると、
                    「よっしゃ!行くぞ!」
                    そんな気分にさせてくれるのだ!
                    僕は日本人だ。
                    日本人の心を、昇り龍のごとく昇らせてくれるのは、やはり和柄なのだ!
                    しかし・・・妖怪や髑髏物は・・・僕はあまり好まない・・・。
                    もちろん、絵としてはキライではないが、どちらかと言うと縁起のいいものを好む・・・。
                    良いオーラを、僕の体から出してくれそうだから・・・。
                    さて・・・今日はどのスカジャンを着て出かけようか・・・。
                    | だっくす小峰 | あれこれエッセイ | 14:58 | comments(14) | trackbacks(0) | - |
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